Lesson2ではベビーシッターに関する歴史的知識、日本における歴史、サービスの概要を掘り下げていきます。まずはこの仕事の歴史について見ていきましょう。
ベビーシッターはイギリス発祥?
baby sitterのsitterは「(乳幼児のそばに)座る人」という意味で、それが転じて英語ではsitterだけでベビーシッターを指すようになりました。その語源から分かる通り、ベビーシッターという概念の萌芽は英語圏に見られます。
ヴィクトリア朝イギリス(1837年~1901年)では、現代日本でいうところの中流階級が一気に裕福になりました。彼らは上流階級の真似として使用人を雇い始めたので、1800年代のイギリスではメイドや執事の文化が花開きます。
イギリスの上流階級は昔から裕福な家庭は子どもの面倒を見るナース(チャイルドナース)という使用人を雇っていました(現代の看護師とはまた異なります)。ウェットナースとも呼ばれることもありますが、これは乳幼児の世話をするナースがおしめ・ミルクなど濡れるものを取り扱う機会が多かったためです。
1892年、エミリー・ワードにより乳幼児ケアの専門学校であるNorland collegeが設立され、在宅保育のプロとしてナニー(乳母)というベビーシッターの専門職が確立されました。ナニーを題材にした小説『メアリー・ポピンズ』の舞台であることもあって、現在でもイギリスでは在宅保育の専門職といえばナニーを想像する人が多いようです。
アメリカで発達するベビーシッター
一方、アメリカでは様々な事情が噛み合い、両親が子どもをベビーシッターに任せる文化が育まれていきました。
- 日本と違って女性の地位が高いため、母親が常に育児に関わりっぱなしという状況があまり発生しなかった。
- 13歳以下の子どもを1人にしてはいけないという法律があった。
- ベビーシッターが学生の学外活動として成績評価に影響していたこと、などが挙げられます。
もちろんアメリカにもプロのベビーシッターは存在し、裕福な家庭はそちらに依頼することが多いようです。しかし、金銭的余裕が充分でない場合や、ちょっとした買い物や食事のために家を留守にするだけであれば、ご近所の主婦や学生に低額でベビーシッターを頼むのが一般的です。
このような文化的土壌により、アメリカではベビーシッターといえば気軽にできるアルバイトという位置づけになっています。
日本におけるベビーシッターの歴史
日本にベビーシッターの概念はありませんでしたが、それに近いものは昔から存在していました。たとえば『日本書紀』には皇子を育てるために姉に代わって妹が乳を与えたという記述があります。古代から貴族の家庭では子育てを行う乳母(めのと)が存在し、平安文学にも幼い貴族の教育やしつけを行う乳母がたくさん出てきます。
戦国時代から江戸時代にかけて、乳母はきわめて重要な立ち位置につきます。主君の家訓や教育観を正しく下の世代に伝える存在として、高い教養や人柄、つまりプロフェッショナルとしての能力を求められるようになりました。これが江戸時代に入ると、ヴィクトリア朝のように一部の富裕層が乳母を雇うようになります。家族の手が足りないときに他家から子守役の子どもを雇う子守奉公も、江戸時代に始まりました。
明治時代から義務教育が始まり、子守は11歳以上、更に時代が進んで13歳以上でなければやってはいけないことになりました。現代風に考えると、小学校を卒業しないと子守としては認められなくなった……といったところでしょうか。しかしながら全ての子守がそれを守れるわけもなく、就学率の向上を図る明治政府の命により、1883年には子守をしながら学ぶことのできる子守学校が設立されました。
大正時代には「ねえや」「ばあや」と呼ばれる存在が商家の間で一般化します。この頃には商家の子女が行儀見習いのために華族のお屋敷に奉公して子育てについて学ぶこともあったようです。昭和に入ると幼稚園や託児所などの施設が発達し、育児施設に通う子どもの姿も見られるようになりましたが、この時代にはまだ家庭内の子守が一般的でした。
第二次世界大戦以降、児童福祉法に基づく保育所保育方針が制定され、保育所が誕生します。高度経済成長期には専業主婦が台頭し、子育ては家庭で母親がすべきものというイメージが定着しました。しかし様々な要因から高度経済成長期の「子育てに専念できるお母さん」というスタイルが崩れてくると、様々な子守・保育のサービスが台頭してくることになります。
1960年代には家政婦紹介所が育児を担う存在としてベビーシッターを紹介していましたが、ベビーシッター専門の会社ができたのは1970年代に入ってからのこと。1980年代にはベビーシッター会社が全国的な広がりを見せ、1991年には社団法人全国ベビーシッター協会が厚生省の認可を受け、ベビーシッターという職業の認知が進むようになりました。