幼い頃の学習はどうして大事なのか
インプリンティング、という言葉をご存知でしょうか。ひな鳥が生後30時間以内に生まれて初めて見たものを「親鳥」だと思い込む習性のことです。生まれて初めて見たものがアヒルのおもちゃだったとしても、ひな鳥はその後をついていく……という風に、まっさらな状態での経験は非常に強い影響力を持っています。
もちろん人間は鳥ではありませんが、初期経験の重要性はさほど変わりません。インプリンティングのように特定の時期を逃してしまうと、言語の習得が困難になったり、初歩的な習慣を身につけるのにひどく苦労したりします。学習に最も効果的な時期のことを臨界期あるいは敏感期と呼びますが、この時期を逃さないように必要な教育を施していくのは幼児教育の要とも言えます。
人間は生まれてくるのが早すぎる?
脳の発達は人間に様々なメリットをもたらしましたが、同時に大きな欠陥も生み出しました。発達した脳が骨盤に引っかかって出産が困難になるため、本来ならもう一年ほど胎内にいるはずだったのに、早い段階で外の世界に生まれてきてしまいます。このことを生理的早産と呼びます。
生後すぐ巣立つ動物を離巣性、生後巣に居座って養育される動物を留巣性と呼びますが、人間は生理的早産によって少し早めにこの世に生を受けるため、離巣性と留巣性両方の性質を持ち、二次的留巣性の動物と呼ばれます。人間の発達を考えるだけならこの事実はさほど重要ではありませんが、他のどの動物とも違った特殊な養育論が要求されることは頭にとどめておくといいでしょう。
それでは、胎児期から青年期に至るまでの発達について、今までの内容を捕捉しながら見ていきましょう。
胎児期、新生児期
そもそも胎児期とはどの段階を指すのでしょうか。
受精から出生するまでの間を出生前期と呼びますが、この期間は次の3つに分類できます。受精卵が胚葉になるまでの細胞期(妊娠0~2週)、胎芽期(妊娠10週未満)、胎児期(3ヶ月頃~出生まで)です。そして出生後28日未満の時期を新生児期と呼びます。
胎芽期には母体から影響を受けて様々な身体的機能が形成されるため、この時期の妊婦の行動は子どもの体に多大な影響を及ぼします。胎児はまだ肝機能が発達していないため、妊婦の慢性的な飲酒により様々な症状が呼び起こされたりしますし(胎児性アルコール症候群)、妊婦が服薬することで胎児の四肢に形態的異常が発生することもあります。また、ニコチンや一酸化炭素は酸素欠乏や栄養不足を引き起こすこともあるため、母親の喫煙は大変リスキーなものとなっています。
乳幼児期
出生後の発達については前回までのLessonで見てきた通りですが、少し補足しておきましょう。たとえば乳児期の考え方の特徴に関することとして、発達心理学者のピアジェは、乳児は8ヶ月頃まで物の永続性を理解できない、という説を掲げていました。最近ではこの説は間違っていて、ピアジェの想定より早い段階で乳児は物の永続性を理解することが判明しています。
物の永続性とは、対象となるものが隠れたりしても他のどこかに存在しているという考え方です。これを理解するまでは、幼児は物を隠されたらそれが世界からなくなるのだ、という風に考えています。他に、物の恒常性(距離や見る角度が違っても対象を同じものだと捉えること)、同一性(物は一度に一つの場所にだけ存在する)といった考え方についても、幼児は生後8ヶ月までにはおおよそ習得しているのです。
学童期・青年期
日本における小学校入学から卒業までの期間を学童期、中学校入学から大人になるまでの期間を青年期と呼び表します。この二つの時期の特徴については、比較しながら見ていくのが良いでしょう。
学童期の子どもたちは社会的なかかわりの中で論理性や保存の概念、メタ的な認知能力を身につけていきます。メタ認知とは自分の行動をモニターし、結果を予測した上で適切な評価を下すというもので、「自分が○○を知っているということを知っている」というようなものです。また、学童期には他にも、
- ルールの中で課題に取り組み達成を目指すことで勤勉性を養う
- 集団内で強い仲間意識と規範を持ち欠点や長所を自覚する
といった特徴があります。
学童期から青年期に移ると第二次性徴が始まり、体が大人のものへと変化していきます。変化は体のみに収まらず、それまで確かなものだった価値観が揺らぐことで精神が不安定になったり(アイデンティティの拡散)、反抗的な振る舞いが目立つようになります(第二次反抗期)。この揺らいだ心を安定させ、アイデンティティを確立させることが青年期における課題となります。
マーシアはアイデンティティの状態(アイデンティティ・ステータス)を同一性達成、モラトリアム、早期完了、同一性拡散の4つに分類するために、ある手法を確立しました。これを半構造化された面接と言います。面接では、その人が意味のあるいくつかの可能性について悩み検討したか(危機、crisis)、自分の在り方を決めて積極的にそれらしく振舞ったか(傾倒、commitment)の2つを尋ね、答えによってそれぞれに分類を行います。
今でこそアイデンティティは何度も揺らぎ再構成されるもの、という考えが主流ですが、半世紀も前ではアイデンティティの確立が青年期の重要なイニシエーションだったのです。